| 1 月うさぎ ID:eoUGHN.k |
2008/01/19 12:21 |
|
こんにちは。私は一クリスチャンですが、最近自分の人生計画を考えています。
もし、同じようなことを考えておられる方いらっしゃられないかなあ、と思い、投稿してみました。
私は、将来的に、「家族」をもつのではないかたちで、子どもを育てて行きたいと思っています。
要するに「養子」をもらって扶養していきたいのです。
今は、十分な経済力がないから、無理ですが、もし今後、ビジネスパーソンとして働いて、経済力がもてたら、養子をもらって扶養していきたいと思っています。
「世の富を用いる者は用いすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです。
あなたがたが思い煩わないことを私は望んでいます。独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。しかし、結婚した男は、どうしたら妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、心が分かれるのです。独身の女や処女は、身も魂も聖くなるため、主のことに心を配りますが、結婚した女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。………私の意見では、もしそのままにしていられたら、そのほうがもっと幸いです。私も、神の御霊を頂いていると思います(第1コリント7章)」
この御言葉に心を打たれてクリスチャンになられた方って少なからずいらっしゃると思います。
でも、そのように独身を通して生きて行くと、そのうち、家族をもってる人に比べて、「子どもがいない」というデメリットがついてくるようになりますね。そして独身でビジネスパーソンしていると、どうしても1人で好きに使用できるお金が増えるため、「世の富を用いすぎる」懸念もあります。
一方、世界を見渡してみれば、親もなく、孤児院で生活しているような子どももいっぱいいます。
ですから、そういう孤児をひきとって、自分の「子ども」として育てる。でも、これは、何か、システムがないと難しいと思うんですよね。独身で孤児数人ひきとっても、自分の仕事との兼ね合いもありますし。、。
ですから、そういう独身で働き通して、なおかつ子どもを育てたいという人が集まって、孤児を育て、教育して立派に社会に送り出すようなキリスト教的システムがあったらいいんじゃないかなあ、って最近思いつきました。
皆さん、どう思われますか?? |
|
|
| 2 月うさぎ ID:eoUGHN.k |
2008/01/19 12:47 |
|
聖句を用いるとすれば、このあたりかな。
「喜べ。子を産まない不妊の女よ。
声をあげて呼ばわれ。
産みの苦しみを知らない女よ。
夫に捨てられた女の産む子どもは、夫のある女の産む子どもよりも
多い。(イザヤ書54章)」
そうやって、子を産まないビジネスパーソンがコミュニティをつくって、
世の孤児を立派な社会人に育てて世に送り返すことができるような
システムがあれば、まさにそんな聖書の御言葉が実現するのではないでしょうか。
|
|
|
| 3 月うさぎ ID:eoUGHN.k |
2008/01/19 13:14 |
|
このシステムは、世の中の慈善団体では限界があると思います。
キリストの精神に用いたコミュニティでやらないと。
依怙贔屓や子どもの能力や外見による差別なくして、様々な子どもを育てる。
中には、生まれつきエイズに感染していて、早くに死んでしまうような子どもも
出るかもしれない。
しかし、そのような多種多様な子どもたちを一緒に育てて行く中で、多く学ぶ
事があるのではないかと思うのです。
寝食をともにすごした「兄弟」のうち誰かがやむを得ぬ病で先に召されること、
さまざまな環境を聖書の御言葉の土台の上に経験しながら成長していく中で、
親のある子どもに勝るにも劣らぬ立派な将来のキリスト者が、そういう孤児の中から
出て来るのって、すばらしいんじゃないでしょうか。
あるいは、そういうシステムってもうどこかに存在しているのでしょうか。
もしご存知のかたいらっしゃったら、紹介して下さると嬉しいです。 |
|
|
| 4 伝道男 ID:3CgSjfck |
2008/01/19 13:41 |
|
私も独身ですが、私の場合は人とコミュニケーションがうまくいかず、女性とのお付き合いも全くなく、独身のままずるずると生活を続けています。
日本の社会現象にもあるような、典型的なタイプの人間です。
私のような、病理的な問題を抱えた人というのは、日本には多くいるわけですが、月うさぎさんのようなタイプの人はそう多くはないと思います。
キリスト教会の中においては、精神的問題やその他さまざまな問題を抱えた人が救いを求めてキリストを受け入れ、問題を現在進行で抱えたまま信仰生活を続けている多くの方々がいます。
中には、教団の教えにより 結婚相手を世の中ではなく、クリスチャンの中から選んで結婚したまでは良かったものの、相手が精神的な大きな問題を抱えた人であったばかりに非常な苦労を重ねている兄弟たちが多くいます。
世の中よりも、キリスト教会の中のほうが信頼の置ける人が少ないと、、ある意味いえるのではないかと思います。
そういう中で、月ウサギさんの言われていることは、ある意味理想的なのかもしれませんが、論理が飛躍しすぎているかもしれないですね。
だけど、キリスト教で商売をする側にとってはいい材料になるかもしれません。
だけど、常識的に考えて 独身のままで 子供を育てて その子供がうまく育つとは限らないし、、。
僕なら、子供を育てることよりも、自分の親を最後まで面倒を見ることを考えます。こちらのほうがもっと大切だと思います。
子供を育てることを考えるのなら、結婚すべきだし。
結婚できないような人間なのなら、子供を立派に育てることも無理。
そう考えます。 |
|
|
| 5 伝道男 ID:3CgSjfck |
2008/01/19 13:53 |
|
クリスチャン男性の一人として意見しますが、
とく若いクリスチャンの男というのは地に足が全然ついていない者が多く、
世の中で人とうまく付き合うことできず、ろくに就職もせず、理想論ばかりが出かく、口八丁の者が多すぎます。
まず、世の中に出て地道に学ぶことが必要だと思います。
普通に就職して、普通に人と付き合い、普通に結婚し 子供を育てる。
これでいいのじゃないでしょうか? |
|
|
| 6 月うさぎ ID:eoUGHN.k |
2008/01/19 14:08 |
|
伝道男さん、早速のコメントありがとうございます。
それだからこそ、それなりの「システム」が必要なのではないでしょうか。
一個人だけでは、できない、親の老後を見るだけでいっぱいだけど、そういう
ビジョンをもった信仰熱いクリスチャンビジネスパーソンが集まればこそ、
出来る何かがある、と思われませんか?
普通に就職して、普通に家庭を築く。そういう人たちは世の中にでもどこにでも
多く見られます。
しかしそのような中で、身も心も聖くなりたい信仰のあるクリスチャンであるから
こそ、やってのけることのできる「何か」があるのではないかと思って提案してみま
した。
>若いクリスチャンの男というのは地に足が全然ついていない者が多く
………納得できます。だからこそ結婚を躊躇している女性も多いんじゃないでしょうか。。しかしそうしている間にも、周りの友だちは結婚して、家庭を築いている。独身で働きながらも、自分も何か後の世代に残るような「子育て」をしたい。
そういう人たちが(やっぱり独身女性クリスチャンビジネスウーマンが中心になるのかな?)集まって、このような養子を育てるシステムが、女性も平等にビジネスの場で活躍できるようになった(なりつつある)今だからこそ、実現できるのではないか?と思いました。 |
|
|
| 7 伝道男 ID:3CgSjfck |
2008/01/19 16:36 |
|
そうですね、実現はおおいに可能であると思います。
親同士お互いが励ましあえるようないい雰囲気のシステムがあればいいなあなんて思ったりもしますし、まず、子供たちが健やかに育ってほしいです。
宗教的に優秀でなくてもいいから、社会の中で健全に歩んでいけるように。
|
|
|
| 8 月うさぎ ID:kSjBlWl6 |
2008/04/13 15:35 |
|
私は、カトリックの修道院の生活にも以前憧れたことがありました。
ただ、実際カトリックの方に接触したことがないから、偏見があるかもしれませんが、カトリックの修道院の生活というのは、あまりにも古風な伝統に捕われているような気がします。
祈り、黙想、共同生活、農耕、クッキー・バター飴、手芸品づくり、ボランティア、難民救済、、、。それ自体が悪いことでは決してないし、良いことなのですが、今いち、なんというか、発展性や改革性、先駆性を感じられない。。
もっと世の中に深く関わる修道院による活動があってもいいのではないかと思うのですが。ないのでしょうか(あったら教えて下さい)。たとえばここにあげた養子を育てるシステムというようなもの以外にも先端研究を行う修道院とか。IT産業を手がける修道院とか。。
一女性として最近思うのは、カトリックの修道院という場所で、清く正しく生きる生活に憧れる人って実はたくさんいると思います。でも、実際修道院生活を行うとなると、いろいろと覚悟がいるし、世の中との隔絶を意識しなければならないと思うと思います。
でも、カトリックの修道院って発展の余地が大いにあるのではないかなと思ったりもします。たとえば、世の中には、ノンクリスチャンでも、人生を「清く正しく美しく」生きたいと考える人はたくさんいます。
実体験ってわけじゃないですが、たとえば、一女性が、世の中で「清く正しく美しく」生きて何かをやり遂げたいと思う場合、人生の途中でいろいろと弊害が生じます。
たとえば、研究者になりたいとか、経営者になりたいと思った場合も、途中で、世の中のあまりの汚らわしさに絶望してその道を途中で止める場合が、特に女性にとっては多いのではないでしょうか。
清く正しく美しく一つの研究をやり通す研究者になりたいと思っても、実際にその道を進んでみれば、権力のなれ合いだったり、飲み会につきあわされて下ネタ話を聞かされたり、だんだん年をとる程、自分が独身であることで肩身を狭く感じるようになったり、、ましてやビジネスの世界においては、その汚らわしさがいまだ凄まじいのではないかなと思います。そういう汚らわしさに触れて行くうちに、
汚らわしい所に身を置きたくないから途中であきらめようと思ってしまう人もいると思います。
私はカトリックの修道院のような霊的に清められた場で奉仕する方々、独身を貫き通し、神様にその生涯を捧げる方の活躍の場が、もっと広範囲に、時代の変遷、文明の発展に応じて変わっていっていいのではないかと思います。
なんらかの欠陥や汚らわしさのある世の中の夫ではなく、完全なるお方の真の花嫁として清く正しく美しく、そして誇らしく独身の生涯を生き抜き、かつなにかを成し遂げたいと思う人は少なからずいると思います。
そういう人たちが、イエスキリストによって真の平安を得、真に尊い人生を生きれるような修道院ができて行って欲しいなと思います。
さすれば、修道院での生活というのは、必ずしもカトリック教会に通う信者の中から信心深い人が献身するのではなく、たとえば、世の中の大学とかにも宣伝してきよく正しく美しい生き方を貫き通したい人を募ることもできるのではないでしょうか。
それからノンクリでも清い生き方を貫きたいと思う人がとりあえず、教会で聖書を学び始めて、洗礼を受けて、ある程度の期間を経て修道院での尊い奉仕を行うという道もありだと思うし、そう言う道が、清く正しく美しく独身を貫き通して生き抜きたいと思っているけど、現実の世の中の汚らわしさに直面して絶望している多くの人々に開かれているべきだと思うのです。
私は、カトリックではないんですが、クリスチャンはプロテスタントもカトリックもお互いの良さをわかり合いながら、共に励まし合いながら発展し、より多くの人たちが、それぞれの趣向に合う形でイエスキリストに救われることができればと、祈っております。
ーキリスト教が、すべての世の中の汚らわしさに絶望している人たちの心に届きますように。。
|
|
|
| 9 one body ID:wmY3/QSU |
2009/05/05 10:07 |
|
月うさぎさんに同感です。
日本のアジアでの国際貢献の一つのあり方として、
アジアの貧困国で捨てられた子供を引き取って育てることを
やったらいいのではないかと思います。
子育てというのは、私もやったことないので偉そうには言えませんが、どうしても自分の子だと思うと、思い入れが激しくなってうまく育てられないのではないかと思います。
自分の子ではないと思うと、より客観的に愛を注ぐことができるので、そのほうがより良く育つのではないかと思います。
今の世の中ではいろいろな悪がはびこっていますが、その中でも最も許されない悪だと思うのは、「闇の子供たち」などで真実があらわになっている子供の人身売買です。貧しい家庭で、経済的に養うことができず、わずかなお金で子供が売られて、勝手に負債を背負わされて奴隷のように働かされて、雇い主の好きなように処分できるというようなことが、今の時代に決してあってはならないことですし、神様や御使いたちが現場の知られざる真実を見てとても嘆かれていることだと思います。
そういう子供たちを、どうにかして日本のキリスト団体がイニシアチブをとって、政府や慈善団体を動かして、もっと積極的に救う活動をすれば、日本のアジア各国での好感度がアップすると思いますし、また日本でのキリスト団体のイメージもアップして、本当に良いことだと思います。
私も今は経済的にも時間的にも余裕がないですけど、いわゆる「独身アラフォー」といわれる世代になれたら、そういう国から養子を引き取るような活動に協力できればと思っています。
もっと、真剣に考えてみれば、これからもっと日本のキリスト団体がひとつになって、政府の外交にアメリカのようにロビー活動をして先導していくべきことがいろいろあるような気がしてきました。
そのことによって、アジア各国における日本のイメージが改善でき、同じアジアに住む子供たちでより不幸な目に遭う子供たちが削減できるのであれば、これは素晴らしいことだと思います。
日本は国の中だけで少子化を嘆くのではなく、もっとグローバルな視野をもって、そういうイニシアチブを発揮していけば、道徳的にも素晴らしいと思える国に変わっていくと思いますし、そのためのこれからの日本キリスト団体のアグレッシブな活動が強く期待されると思います。
そういう子供たちをよく育てれば、母国のことを思い、また母国と日本のより良い発展のために仕えられる優秀な国際人となるポテンシャルも多いにあると思っています。
日本では、クリスチャンの信仰が「個人的」なものになりがちなような気がしますが、本当に神様が求めていることは、私たちクリスチャンがあらゆる教派を超えて、「ひとつ」になって、世の中を良い方向に変えていくアクションを活発に起こしていくことなんじゃないかなと思います。
そのためにもこのようなオンラインキリスト教新聞を通して、いろいろな国内外のキリスト教活動の情報が瞬時に伝えられることで、みなが「ひとつ」となってもっと大きなキリスト教活動をしていければいいし、そういう情報がCTを通してもっともっと伝わってきたらいいのにと思います。。 |
|
|
| 10 ゆきこ ID:wTy3TJok |
2009/05/06 08:44 |
|
おはようございます。
母としてコメントさせていただきます。
経済的にある程度余裕のある方が孤児を引き取って育てる
とても素晴らしい事だと思います。
豊かな感情や才能何より唯一つの魂を持って形作られた子供が
愛情を注がれず、親を持たずに生きることは本当に辛く苦しい人生だと
思うからです。
けれども現実として思うことは、
子育ては両親揃っていても本当に難しいという事です
父と母はそれぞれ全く異なった役割を担っており
またそれぞれが互いに話し合い協力し合っていかなければ
子供は育ちません。
そして地域社会との繋がりもあります。
子供が成長する過程で想像するよりもかなり
地域との関わりが出てきます。
親子共に好奇の目や言葉にさらされます。
その時に子供を慈しみ、守り、しつけ、周囲と調和しつつ
我が子として愛していけるか。
ネガティブな事を書き連ねましたが現実です。
引き取ってから「やっぱり無理」は
お互いにものすごい傷として残ります。
以前とある牧師夫妻が養子を迎えました
その子は幼児期に受けた酷い虐待の為
周囲に対して強い苛立ちを持ったお子さんでした。
牧師夫妻も周囲の方々も筆舌に尽くせぬほどの
時間と労力と愛と祈りを注ぎましたが
残念ながら施設へと戻ることになってしまいました。
私は決してシングルでの養子に反対というわけではありません。
けれど子供を育てるクリスチャンの母として
大変な面、苦しい面をしって
それを乗り越えて決断して欲しいと思うのです。
子育てには主から本当に沢山の恵みと愛と力が与えられ
沢山の人の繋がりも与えられます。
その時が大いなる祝福となることをお祈りします。
|
|
|
| 11 one body ID:TptAaBY2 |
2009/05/07 07:34 |
|
そうですね。
ゆきこさん、シビアな書き込みありがとうございます。
そういうことを現実になされてきた牧師夫妻の方々にも深く敬意を表します。
ただ、個人として養子を引き取って育てるのは大変でしょうが、
もっとキリスト教組織全体として、本当に御言葉を知る信仰のある
クリスチャンがひとつになってとりくめば、不可能ではないことかもしれないという期待は抱いています。
それにしても、かくいう私も最近はビジネスに固執していて御言葉に離れてしまっているかもしれないような気がしてきました。
そういうことを考えるには、ゆきこさんのように、一度結婚して自分で子供を何人か育ててみるのも手かもしれませんが、まず自分自身の性格をもっと御言葉に沿って変えていかないと、捨てられた子供をどうにかする前に、自分が夫に捨てられることになるような気がしています^^;。
より御言葉を近くに置き、霊性と知性を高めることが、何より増して私に最優先課題かなとは個人的には思っていますが、キリスト教全体として大きな動きがあると、結果的にそれに個人の信仰もつられて強まるような気がしています。 |
|
|
| 12 ゆきこ ID:Y7xixiyQ |
2009/05/10 09:33 |
|
one body さんおはようございます。
素晴らしい快晴の聖日の朝ですね!
お日にちが空いてしまっての書き込みでごめんなさい。
自分の書き込んだ内容が適切ではなかったのでは?
と、祈りつつもPCを開く時間がなくて。。
>もっとキリスト教組織全体として、本当に御言葉を知る信仰のある
>クリスチャンがひとつになってとりくめば、不可能ではないことかもしれないという期待は抱いています
私もそう思います。
昔日本が貧しかった頃は親類に子供を預けて働く方も多く
お互いが助け合って子育てをしていたと言う話を
教会の諸先輩から沢山聞きましたが
経済的に豊かになるにつれ希薄になり、
お金で済ませたり簡単に育児を放棄してしまう傾向があるように思います
信仰が薄い(信仰者が少ない)中での豊かな経済は
非常に自己中心的な喜びを追求する生活サイクルを作り出してしまったのかも知れないですね。
お金ではなく、プライドでも見栄でも無く
辛い重荷を背負っている幼い命を一人でも多く主の愛を知って
恵みに満ちた人生を送って欲しいです。
> そういうことを考えるには、ゆきこさんのように、一度結婚して自分で>子供を何人か育ててみるのも手かもしれませんが、まず自分自身の性格を>もっと御言葉に沿って変えていかないと、捨てられた子供をどうにかする>前に、自分が夫に捨てられることになるような気がしています^^;。
そんな事無いですよ。
結婚はポジティブな部分だけとは言い難いですが
主の祝福と大いなる恵みを知る素晴らしい事です
お恥ずかしい話ですが
私自身何度も離婚について真剣に話し合った事があります
「神様もう駄目です!」と何度も祈りました
そのたびに主は思いもよらない解決と知恵を授けて下さいました。
真っ直ぐに主を見上げ一心に祈る想いに
主は必ず応えて下さる方ですから^^
共に祈りましょう。
|
|
|
| 13 one body ID:rj9ly2MI |
2009/05/15 15:39 |
|
ゆきこさんご返信ありがとうございます。
最近日本の社会問題や政治家たちの悩みを見るに、やはりバックでキリスト教思想をどうにかして訴えていかないと、いけないんじゃないか、という思いが強まってきました。
日本の少子化対策を担当する小渕優子少子化担当相は「ゼロから考える少子化対策PT」たるものを主宰されておられるそうですが、そこで現代の未婚者の増加について真剣に議論されておられるそうですね。。(http://mainichi.jp/life/edu/child/archive/news/2009/02/20090211mog00m040021000c.html )
しかしこの問題は、御言葉なしには、解決の道などないような。。モテる男女、モテない男女についても議論されているそうですが、そもそも少子化対策とそれとどういう直接的関わりがあるのか疑問です。
モテる人が子供をたくさんつくるとでもいうのでしょうか。。逆なような気もしますし、そこに問題があるわけではないような気がするのですが。。小渕担当相は、「私より若い世代のことはわからないことが多い」と述べておられますが、本当にそうだと思いますし、彼女本人もいろいろこの問題をどうしたらいいか悩んでおられるのだろうと察します。
今の若い世代の心の悩みは異性どうモテるか、とかどう出会いをつくるか、という表面的な悩みではなく、もっと深層的な、真理への道は何かということへの飢え渇きであると思いますし、それを解決してくれる道は、私はクリスチャンとしてキリスト教でしかないと思います。
世の中で「愛」という概念もさんざん汚されてしまい、汚い愛の概念がインターネット上で出回っていることも、若い人たちの中で心のうめき、魂のうめきにつながっているんじゃないかと思います。魂は知っていますからね。本当の「愛」はそうじゃないんだということを・・でもそれをわからせてくれる思想がなくて、それを求めているんじゃないか、と伺えます。
こういうことを若い人がいくら訴えても「あんたはキリスト教以外のことを知らないだけだ。もっと広く見たらいい、あんな本もこんな本もあるから読んでみろ、人生長い、いろいろ遊びながら経験してみることが必要」など云々言われて相手にされないので(^^;)、もっとキリスト教団体としてひとつになって権威あるキリスト教指導者の年配の方がさらなる日本の政界への発言力を発揮してくださることを願っています。
キリスト教的思想でもっと小渕担当相の少子化対策をグローバルな見解で支援してあげられたらいいですね、と私にできることはここにさりげなく書きこむことぐらいかな。
とりあえず私は一人でも多くの飢え渇いた魂が救われるために主に祈りたいと思います。。
|
|
|
| 14 one body ID:rj9ly2MI |
2009/05/15 16:05 |
|
PS 「愛」の検索結果
Wiki,
飯島愛のポルノホスピタル、
大塚愛、はるな愛、ホストクラブ、不倫映画・・・
これらの情報源をもとに、キリスト教の知らない若者がインターネットから真実の「愛」を模索しようとすれば、やはり混乱するしかないでしょうね。。。。
|
|
|
| 15 odeko ID:kYI/JOnU |
2009/05/22 14:25 |
|
| はじめまして。話の流れを変えてしまうのですが、これを読まれている方で自分の子供を産んでその後養子を迎えた方とかいらっしゃいますか? |
|
|
| 16 エリヤ ID:eOqARD3U |
2009/05/30 10:27 |
|
こんにちは。
僕は教会が運営する、チャーチ・スクールという所で教えている教師です。僕が教えているチャーチ・スクールは幼稚園から高校まであるんですが、みんなが家族のように愛し合っています。
もし養子を扶養することをお考えの方がいらしたら、是非チャーチ・スクールでの教育をお勧めします。
教師から学生全員神様の愛にふれて、その愛で他の人を自分自身のように愛するというのがチャーチ・スクールで行われている教育方針だからです。
僕も将来は結婚してたくさんの養子を扶養しようと考えています。このような良い行いを通して、天国の家族がどんどん増えることを期待しお祈りします。
|
|
|
| 17 匿名さん ID:ktqtd276 |
2009/12/05 23:09 |
|
確かに、「養子を育てる」という選択肢はもっと強調されていいと思う。
少子化が叫ばれているが、未だにいろいろな問題で児童保護施設に預けられている子供が存在する。その中でキリスト教系施設もあるが、施設内でのわいせつ事件が報道されたりすることも・・・
「自分で子を産む」という選択肢しかないように思われているが、本当に隣人愛をもってすべての人を愛する福音的精神があれば、クリスチャンにとって「養子を育てる」という選択肢は、世俗の家族と比べてもっと普遍化されて良いものだと思う。
女性の側から見れば、別に焦って出産のプロセスを考えなくても、「養子縁組」という手段で親子の関係を将来築けると思うと、また将来の選択肢も広がるのである。
本当に少子化を憂うのは、児童保護施設がなくなってからだと思う。
大人の男は愛せないが、子供の男の子なら愛せるという女性にとっても、養子を育てるという選択肢はありがたいものではないだろうか。そう思う。
|
|
|
| 18 匿名さん ID:ktqtd276 |
2009/12/05 23:14 |
|
全国里親会
http://www.zensato.or.jp/gallery1.html
養子になった子供たちが、みんなクリスチャンになったら素敵でしょうに・・・。 |
|
|
| 19 匿名さん ID:ktqtd276 |
2009/12/05 23:36 |
|
実際たまに街を歩いていると、理不尽な理由で子供にブチ切れている親とか見ることがある。父親が怒っていたら母親は子供のフォローに回るべきなのに、両親揃って子供にブチ切れていたりする光景を見ると、あまりにかわいそうで、その子供をその場からかっさらって自分が育ててあげようと思ってしまうことがある。。
|
|
|
| 20 うさぞん ID:MOGEixw. |
2010/07/19 15:35 |
|
今日突然思い立った。
卵子を提供して来ようと思う。
独身で生涯を送るとしても、卵子を他人に提供することは別に罪でもないし、ただ排卵してゴミになるくらいなら、誰かの幸せのために有効に使われてくれればと思う。
さすがに、独身で他人の「代理出産」までする気はしませんが・・・。
|
|
|
| 21 うさぞん ID:MOGEixw. |
2010/07/19 15:41 |
|
やはりクリスチャンとしては、人間としてのある種の貴重な経験は得られても、「代理出産」をすることは罪ですよね。
しかし、卵子を提供するまでは罪ではないし、一種の社会貢献と思う。どうでしょう?
|
|
|
| 22 法では解決しきれない問題 ID:F7ZdB17Y |
2010/07/20 08:52 |
|
創世記18章~アブラハムとサラとハガルのことを考えてみてください。
これは愛の関係において問題の多いことではないかと思いますし、そこまで科学や律法の観点で踏み込んでとらえ切れていない問題ではないかと思います。
なぜなら、あなたの卵子と見知らぬ男性の精子で見知らぬその男性の妻の母体によって子どもができるのです。
物理的に考えれば、あなたと見知らぬ男性のこどもが、その男性の妻の胎を利用することによってできてしまうことになります。
この影響が数年、数10年後のスパンで考えて、この3者と生まれてくる子供の間でどういう影響を及ぼすのかというのは複雑だと思いませんか。
子どもの立場になってみれば、「自分はお母さんの胎から生まれてきたけど、自分の卵子は別の女の人ーつまりもう一人の本当のお母さんが僕にはいるんだ!」と言うことに気づいたら、気になって気になってしかたがないのではないでしょうか。
また貴方の立場からしても、最初は何の気なしに一種の社会貢献としてエッグドナーを行って数十万円の謝礼を得たとしても、その後その子どもの成長が気になったり、貴方とその卵子と結合した精子をもつ男性との関係、またその男性の妻との関係がとても愛の関係において複雑になってしまうのではないかと思います。
キリスト教的に考えると、はっきりいって、「信仰がない」選択といえるのではないでしょうか。
なぜなら、アブラハムとその妻サラがイサクを産んだ年齢を考えればよくわかることです。
サラはそれでも不妊で待ち切れず、自分の女奴隷ハガルを用いてアブラハムに子を産ませましたが、そのせいで、奴隷のハガルが不妊の妻サラを見下すようになったりして、3者の関係性が悪化しましたよね。
結局、信仰さえあれば、神様はご自身の創造物である私たちの祈りを聞き届けてくださると思います。サラは90歳になってやっと子どもを産みました。
そういう信仰の姿を見せてほしい、自分の考え、科学的手法に頼るのではなく、ただ神様に祈って信じて忍耐して待ってほしいと神様は思われているのではと思います。
またこういう世の中の問題をとやかく批判することも間違っていると思います。なぜなら世の中の人は信仰を知らないから。また信仰の弱い人はサラがハガルを使って産ませたような自分の考えによってどうにかする方法でやろうとされるのかもしれません。神様はそのようになさってもイシュマエルというまた大きな部族の元をそこからつくったのですから、良くとりなしてくださるでしょうが、本当に信仰を試したいなら、サラのように90歳になるまで忍耐してこうのとりがやってくる(?)のを待つべきと思います。
・・・そう思うと俗に皇室・王室関係者のプレッシャーは大変なものだろうなと思うと同時に、国民も本当にその国が神に守られて神が王室や皇室とともにおられると信じるなら、忍耐強くまだかまだかと焦らずにのんきに待っていたらいい。それでもできなかったら、それは神の御心がそうだったのでしょうし、これまでの制度やしきたりが何がしか間違っていたのかと悔い改めてそれはそれで新たな道を模索したらいいとは思いませんか。
|
|
|