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CHRISTIANTODAY フォーラム
自殺について
1 いのちははかない ID:6sC65sKs 2007/05/22 20:25
世の中には、がんで苦しんで安楽死の道を選んだり、経済苦やいじめなどで自殺する人がたくさんいます。クリスチャンの方々って、こういう人をどう捉えるんですか?きっとそれなりの死なざるを得ない理由があったと思いますが、こう言う人たちは地獄にいくんですか?それだと遺族も悲しすぎますよね。。。
2  匿名さん ID:zvr3bOVw   2007/05/24 07:40
「クリスチャンはこう捉える」とは一概には言えないと思いますが、参考にこういう問題を考えるときには、下のようなことも考えたらどうかなと思います。

「世の中には、がんで苦しんで安楽死の道を選んだり、経済苦やいじめなどで自殺する人」と言えば、その人に悪いところがないけど、不条理な世のために死に追いやられたという感じがすると思いますが、しかし、どの人にも訴えられるような罪があるのではないかと思います。そして、それもちゃんと見ないといけないのではないかなと思います。

僕の知り合いにも、詐欺にあって人生がもうぼろぼろになってしまった人もいますが、その話だけを聞けばかわいそうに思うしかないのですが、しかし、しばらくともにいると、その人も人の悪口を平気で言う姿があるし、また頑張って生活を取り戻していこうとするべきだと思うのですが、他人の同情を買うような形であまり頑張ろうとしないで怠ける姿を見ることもありました。

だからと言って、「自殺した人も決して罪がないわけではなく、罪があって悪いことしているのだから。。。」というような主張ではないのですが、その自殺した人に同情しすぎるのは偏ってしまっているのではないかと、しばしば思うことがあります。といっても、一人ひとりの人生を詳しくしることはできないですし、自分もそのような事件を聞けば普通に悲しくなります。

ただ、そのように見えるのも人間の立場で見た場合にそう見えるのだと思います。テレビで釣りの番組もやっていますが、釣った人間は「やったー」と喜びますが、しかし、魚の立場では、誘拐や拉致よりもひどいことをされている立場にあるのではと思うことがあります。
3  life&peace ID:r9e5/j7.   2007/05/24 11:25
例えば安楽死についてはクリスチャンの方々はどう考えるんでしょうか。ちょっと気になります。
4  犬好き ID:Z/lTQnFk   2007/05/26 08:34
うちのワンたんは、安楽死させました。犬は死んだら天国に行けるの?霊があるのは人間だけで、動物には霊はないのでしょうか?うちのワンたんとは、生前何も言わなくても心と心で通じる愛の関係が築かれていました。ワンたんにも霊があって、天国にいると信じたいです(T_T)...
...でも、安楽死の問題は複雑だと思います。植物人間となっている人や、重介護の老人とか、本人の意思で安楽死を認めるべきなんじゃないかと思います。でもいざ認めてしまうと、命を軽視することに繋がりかねないかも。キリスト教的には、その辺どうなんでしょうか?
5  匿名さん ID:zW/FJMEM   2008/05/28 14:41
ルカ17・21
いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。

信じずに死んだら地獄に行くというよりも、
神様の平安がないことが地獄だと思います。
その人に自覚があるかどうかは別として。
6  匿名さん ID:zW/FJMEM   2008/05/28 20:40
私のもうひとつの考え。
かなり個人的解釈なので参考にはしても信じないでください。

死後行くところに
「神の国」「ハデス(黄泉、陰府とも)」「ゲヘナ(神のさばきにより入れられる苦しみの場所。口語訳や新共同訳では地獄となっている)」があります。
「神の国」はイエス・キリストを己の主とした人が行く所。
「ハデス」はこの世に生きている間に信じられなかった者(例えば旧約の人たち)が行く所。因みにイエス様は3日間、ここにいた。
「ゲヘナ」は主を主であると信じていながら主としなかったものが行く所。
7  むにゅむにゅ ID:hpxdDjSo   2008/10/26 02:53
宗教は人を裁くためにあるのではないと思います。

ましてや不幸にも亡くなられた方を裁くためのも
のでは決してないと思います。

自殺年慮のある方が、その気持ちから救われたり、
またそういう気持ちが起きないように助けられたり
するのが宗教の本来の役割なのでは?
不幸にも亡くなられた方が何らかの供養を受け
たりすることが可能であって然るべきだと思います。

でもなぜだか殆どの伝統的な宗教が自殺をした人は
地獄に行くようなことを言っていますよね。
聖書的な根拠はないような気がしますが。
あれはなんでかなぁ、と思って。

イスカリオテノユダが自殺した模様は聖書にも
描かれてありますが。。。。。。今時の社会悪
から起こる自殺と比べるのはあまりにも野蛮な
ことだと思います。

わたしは個人的には「誰が天国に行くのか、誰が
地獄に行くのかと詮索をして神の思惑を暗くしては
いけない、キリストともにあるのかないのかを思
いなさい」と新約のどっかにある使徒の言葉がと
ても気に入っています。



8  むにゅむにゅ ID:11a8rY9Q   2008/10/27 21:32
ちなみに”むにゅむにゅ”は日本に帰ったとき
誰だったかものすごおぉくご親切な方が静かに
にこにこお話をなされるときのご様子がむにゅ
むにゅむにゅむにゅしゃべっているようで心楽
しかったので私もそんな風にしゃべりたいな
あぁぁと思っただけのことなんですが。

個人的な信心にすぎませんが地獄はあると思って
いるんです。どういう物理的なレベルでかは見当
がつきませんがちゃんと物理的なレベルで存在す
ると、なにか信じられるのです。

ただ地獄というのは、許されない罪があるから行く
のではなく、\'神の\'愛や優しさを裏切って悔い改め
ることも悔やむこともなかったあえてしなかった人
達が’堕ちる、堕とされる\'処ろのように思えるのです。

たかだか愛、に応えられなかったことが、思い馳せる事を
しなかった、気が付きもしなかった事ががこんなにつらい
事だとは思わなかったぁぁ、というつらさにさいなまされ、
さいなまされ、さいなまされ…、さいなまされ…
本当に本当に毎日、毎日がつらくなることは生きているうち
にもごくごく稀ではありますがあることです。
こういう事はほんとに神の愛によって起こることなのか
もしれません、何か気が付くために。

地獄というのは魂、魂という純粋な状態になった
\'あたし\'が感じる世界なので他の物理的な感覚が無い
状態ですからーたぶん、そういう状態で感じる神の
裁きはどんなにつらいことでしょう。どの宗教も火の
形容を用いますが、他の物理的な感覚が無くなった
\'あたし\'が感じるつらさにはそういうことは多いに
ありえると思っています。

生きているうちには必ずしも此の世では神の裁きは
全うされていないので愛情深い人や繊細な人どこか
ハンディキャップのある人何かしようと思っていた
人にとんでもないしわ寄せがきて心の病気に大変
苦しむ事も在るようですね?

人間は五体が苦しんでいなくても心が苦しむことが
あることを現代人はよく分かっていると思います。
その心が死後神の裁きと出会う事によって生きてい
た時には思いもよらなかったつらい状態に入ることは
あると思います。

ただ重複いたしますが念のため、地獄というのは、
許されない罪があるから行くのではなく、\'神の\'
愛や優しさを裏切って悔い改めることも悔やむこと
もなかったあえて…しなかった人達が’堕ちる、
堕とされる\'処ろのようにきいていますが?

不幸にも自殺をしてすでに亡くなられた方を敢えて
そういう目で見る事自体が福音を裏切っていますし
キリスト者の心をいたく傷つけるものだと思います。
現代人としての知性にも反していると思います。

「誰が天国に行くのか、誰が地獄に行くのかと詮索を
して神の思惑を暗くしてはいけない、キリストともに
あるのかないのかを思いなさい」




9  匿名さん ID:bi0IwzeY   2008/11/10 17:19
自殺してしまった人が天国に行くか地獄に行くかを論じるよりも、生きている人たちが命の尊さを知ってこれ以上自殺者を出さないようにする事の方が重要だと思います。
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